The Red Candle
Japanese title:
赤い蝋燭《あかいろうそく》
Author:
Niimi Nankichi
新美南吉《にいみなんきち》
Translation and notes:
Dan Bornstein
赤い蝋燭《あかいろうそく》
Author:
Niimi Nankichi
新美南吉《にいみなんきち》
Translation and notes:
Dan Bornstein
> Bilingual text
▼
山から里の方へ遊びにいった猿が一本の赤い蝋燭を拾いました。
山《やま》から里《さと》の方《ほう》へ遊《あそ》びにいった猿《さる》が一本《いっぽん》の赤《あか》い蝋燭《ろうそく》を拾《ひろ》いました。
A monkey who came over from the mountain to play near the villages found a red candle.
▼
赤い蝋燭は沢山あるものではありません。
赤《あか》い蝋燭《ろうそく》は沢山《たくさん》あるものではありません。
Red candles are not things that exist in large numbers.
▼
それで猿は赤い蝋燭を花火だと思い込んでしまいました。
それで猿《さる》は赤《あか》い蝋燭《ろうそく》を花火《はなび》だと思《おも》い込《こ》んでしまいました。
So the monkey simply assumed that the red candle was a firecracker.
▼
猿は拾った赤い蝋燭を大事に山へ持って帰りました。
猿《さる》は拾《ひろ》った赤《あか》い蝋燭《ろうそく》を大事《だいじ》に山《やま》へ持《も》って帰《かえ》りました。
The monkey picked up the red candle and carefully carried it back to the mountain.
▼
山では大へんな騒になりました。
山《やま》では大《たい》へんな騒《さわぎ》になりました。
On the mountain a huge commotion started.
▼
何しろ花火などというものは、鹿にしても猪にしても兎にしても、亀にしても、鼬にしても、狸にしても、狐にしても、まだ一度も見たことがありません。
何《なに》しろ花火《はなび》などというものは、鹿《しか》にしても猪《しし》にしても兎《うさぎ》にしても、亀《かめ》にしても、鼬《いたち》にしても、狸《たぬき》にしても、狐《きつね》にしても、まだ一度《いちど》も見《み》たことがありません。
After all, neither the deer, nor the boar, nor the rabbit, nor the turtle, nor the weasel, nor the raccoon dog, nor the fox had ever seen before something like a firecracker.
▼
その花火を猿が拾って来たというのであります。
その花火《はなび》を猿《さる》が拾《ひろ》って来《き》たというのであります。
And that novelty of a firecracker was what the monkey had brought along.
▼
「ほう、すばらしい」
"Wow, amazing!"
▼
「これは、すてきなものだ」
"Now that's adorable!"
▼
鹿や猪や兎や亀や鼬や狸や狐が押合いへしあいして赤い蝋燭を覗きました。すると猿が、
鹿《しか》や猪《しし》や兎《うさぎ》や亀《かめ》や鼬《いたち》や狸《たぬき》や狐《きつね》が押合《おしあ》いへしあいして赤《あか》い蝋燭《ろうそく》を覗《のぞ》きました。すると猿《さる》が、
The deer, the boar, the rabbit, the turtle, the weasel, the raccoon dog, the fox and all the others were pushing and shoving each other to take a peek at the red candle. Then the monkey said:
▼
「危い危い。そんなに近よってはいけない。爆発するから」といいました。
「危《あぶな》い危《あぶな》い。そんなに近《ちか》よってはいけない。爆発《ばくはつ》するから」といいました。
"Be careful, be careful! Don't get so close. It will explode!"
▼
みんなは驚いて後込しました。
みんなは驚《おどろ》いて後込《しりごみ》しました。
Everybody was startled and recoiled from the candle.
▼
そこで猿は花火というものが、どんなに大きな音をして飛出すか、そしてどんなに美しく空にひろがるか、みんなに話して聞かせました。
そこで猿《さる》は花火《はなび》というものが、どんなに大《おお》きな音《おと》をして飛出《とびだ》すか、そしてどんなに美《うつく》しく空《そら》にひろがるか、みんなに話《はな》して聞《き》かせました。
And then the monkey told everyone about firecrackers—what a loud sound they made as they flew up, and how beautifully they fanned out in the sky.
▼
そんなに美しいものなら見たいものだとみんなは思いました。
そんなに美《うつく》しいものなら見《み》たいものだとみんなは思《おも》いました。
"If it's really that beautiful, I would love to see it"—this is what everyone thought.
▼
「それなら、今晩山の頂上に行ってあそこで打上げて見よう」と猿がいいました。みんなは大へん喜びました。
「それなら、今晩《こんばん》山《やま》の頂上《てっぺん》に行《い》ってあそこで打上《うちあ》げて見《み》よう」と猿《さる》がいいました。みんなは大《たい》へん喜《よろこ》びました。
"In that case, let's go tonight to the mountaintop and fire it off there for everyone to see", said the monkey. Everyone was extremely happy.
▼
夜の空に星をふりまくようにぱあっとひろがる花火を眼に浮べてみんなはうっとりしました。
夜《よる》の空《そら》に星《ほし》をふりまくようにぱあっとひろがる花火《はなび》を眼《め》に浮《うか》べてみんなはうっとりしました。
Everyone was entranced, seeing in their imagination the firecracker fanning out in a bright flash, like stars sprinkled across the night sky.
▼
さて夜になりました。みんなは胸をおどらせて山の頂上にやって行きました。
さて夜《よる》になりました。みんなは胸《むね》をおどらせて山《やま》の頂上《てっぺん》にやって行《い》きました。
And then night came. Everyone, with their hearts leaping in their chests, proceeded to the mountaintop.
▼
猿はもう赤い蝋燭を木の枝にくくりつけてみんなの来るのを待っていました。
猿《さる》はもう赤《あか》い蝋燭《ろうそく》を木《き》の枝《えだ》にくくりつけてみんなの来《く》るのを待《ま》っていました。
The monkey had already tied the red candle to a tree branch and was waiting for everyone to come.
▼
いよいよこれから花火を打上げることになりました。
いよいよこれから花火《はなび》を打上《うちあ》げることになりました。
The time to launch the firecracker came at last.
▼
しかし困ったことが出来ました。
しかし困《こま》ったことが出来《でき》ました。
But there was a problem.
▼
と申しますのは、誰も花火に火をつけようとしなかったからです。
と申《もう》しますのは、誰《だれ》も花火《はなび》に火《ひ》をつけようとしなかったからです。
The problem was that nobody would light the firecracker's fuse.
▼
みんな花火を見ることは好きでしたが火をつけにいくことは、好きでなかったのであります。
みんな花火《はなび》を見《み》ることは好《す》きでしたが火《ひ》をつけにいくことは、好《す》きでなかったのであります。
Everyone liked the idea of seeing the firecracker explode in the air, but not the task of going to light the fuse.
▼
これでは花火はあがりません。
これでは花火《はなび》はあがりません。
That way the firecracker was not going to take off.
▼
そこでくじをひいて、火をつけに行くものを決めることになりました。
そこでくじをひいて、火《ひ》をつけに行《い》くものを決《き》めることになりました。
Therefore it was decided to draw lots and choose the one who would go and light the fuse.
▼
第一にあたったものは亀でありました。
第一《だいいち》にあたったものは亀《かめ》でありました。
The first one to lose the draw was the turtle.
▼
亀は元気を出して花火の方へやって行きました。
亀《かめ》は元気《げんき》を出《だ》して花火《はなび》の方《ほう》へやって行《い》きました。
The turtle braced himself and made his way toward the firecracker.
▼
だがうまく火をつけることが出来たでしょうか。
だがうまく火《ひ》をつけることが出来《でき》たでしょうか。
But was he indeed able to successfully light the fuse?
▼
いえ、いえ。亀は花火のそばまで来ると首が自然に引込んでしまって出て来なかったのでありました。
いえ、いえ。亀《かめ》は花火《はなび》のそばまで来《く》ると首《くび》が自然《しぜん》に引込《ひっこ》んでしまって出《で》て来《こ》なかったのでありました。
No, no. When the turtle came near the firecracker, his head pulled itself automatically back into the shell, and would not come back out again.
▼
そこでくじがまたひかれて、こんどは鼬が行くことになりました。
そこでくじがまたひかれて、こんどは鼬《いたち》が行《い》くことになりました。
Thereupon lots were drawn again, and this time it was the weasel's turn to go.
▼
鼬は亀よりは幾分ましでした。
鼬《いたち》は亀《かめ》よりは幾分《いくぶん》ましでした。
The weasel, compared to the turtle, was somewhat more apt for the job.
▼
というのは首を引込めてしまわなかったからであります。
というのは首《くび》を引込《ひっこ》めてしまわなかったからであります。
That was because he did not end up pulling his head back.
▼
しかし鼬はひどい近眼でありました。
しかし鼬《いたち》はひどい近眼《きんがん》でありました。
However, the weasel was awfully nearsighted.
▼
だから蝋燭のまわりをきょろきょろとうろついているばかりでありました。
だから蝋燭《ろうそく》のまわりをきょろきょろとうろついているばかりでありました。
So all he did was loiter around the candle and glance about restlessly.
▼
遂々猪が飛出しました。
遂々《とうとう》猪《しし》が飛出《とびだ》しました。
At long last, the boar dashed forward.
▼
猪は全く勇しい獣でした。
猪《しし》は全《まった》く勇《いさま》しい獣《けだもの》でした。
The boar was a truly courageous beast.
▼
猪はほんとうにやっていって火をつけてしまいました。
猪《しし》はほんとうにやっていって火《ひ》をつけてしまいました。
The boar actually went all the way and lit the fuse.
▼
みんなはびっくりして草むらに飛込み耳を固くふさぎました。
みんなはびっくりして草《くさ》むらに飛込《とびこ》み耳《みみ》を固《かた》くふさぎました。
Everyone was amazed. All the animals leaped into the grass and firmly covered their ears.
▼
耳ばかりでなく眼もふさいでしまいました。
耳《みみ》ばかりでなく眼《め》もふさいでしまいました。
And not only the ears: they ended up covering their eyes too.
▼
しかし蝋燭はぽんともいわずに静かに燃えているばかりでした。
しかし蝋燭《ろうそく》はぽんともいわずに静《しず》かに燃《も》えているばかりでした。
But the candle was only burning quietly, without so much as making a pop.
▼
山から里の方へ遊びにいった猿が一本の赤い蝋燭を拾いました。
山《やま》から里《さと》の方《ほう》へ遊《あそ》びにいった猿《さる》が一本《いっぽん》の赤《あか》い蝋燭《ろうそく》を拾《ひろ》いました。
A monkey who came over from the mountain to play near the villages found a red candle.
- 里: The populated part of the countryside, as opposed to the mountains. さと means either the villages themselves or the areas immediately around them, such as fields and roads.
- いった = 行った.
▼
赤い蝋燭は沢山あるものではありません。
赤《あか》い蝋燭《ろうそく》は沢山《たくさん》あるものではありません。
Red candles are not things that exist in large numbers.
▼
それで猿は赤い蝋燭を花火だと思い込んでしまいました。
それで猿《さる》は赤《あか》い蝋燭《ろうそく》を花火《はなび》だと思《おも》い込《こ》んでしまいました。
So the monkey simply assumed that the red candle was a firecracker.
▼
猿は拾った赤い蝋燭を大事に山へ持って帰りました。
猿《さる》は拾《ひろ》った赤《あか》い蝋燭《ろうそく》を大事《だいじ》に山《やま》へ持《も》って帰《かえ》りました。
The monkey picked up the red candle and carefully carried it back to the mountain.
▼
山では大へんな騒になりました。
山《やま》では大《たい》へんな騒《さわぎ》になりました。
On the mountain a huge commotion started.
- 大へん = 大変.
▼
何しろ花火などというものは、鹿にしても猪にしても兎にしても、亀にしても、鼬にしても、狸にしても、狐にしても、まだ一度も見たことがありません。
何《なに》しろ花火《はなび》などというものは、鹿《しか》にしても猪《しし》にしても兎《うさぎ》にしても、亀《かめ》にしても、鼬《いたち》にしても、狸《たぬき》にしても、狐《きつね》にしても、まだ一度《いちど》も見《み》たことがありません。
After all, neither the deer, nor the boar, nor the rabbit, nor the turtle, nor the weasel, nor the raccoon dog, nor the fox had ever seen before something like a firecracker.
- 花火《はなび》: The animals, like the monkey, are all sure that the candle is a firecracker.
- など: Has the function of showing that the preceding noun is puzzling, unclear etc. to the speaker/writer or to others (the animals, in this case). "The thing called firecracker or whatever".
- にしても: Indicating animals who share the same idea about the "firecracker". にして is a marker of point of view, capacity, role, etc.
▼
その花火を猿が拾って来たというのであります。
その花火《はなび》を猿《さる》が拾《ひろ》って来《き》たというのであります。
And that novelty of a firecracker was what the monkey had brought along.
- というのであります: An explanatory construction, stressing that the novelty of the "firecracker" was the reason for the commotion. であります is a more formal version of です, which is conjugated like ある.
▼
「ほう、すばらしい」
"Wow, amazing!"
▼
「これは、すてきなものだ」
"Now that's adorable!"
- ものだ: Functioning as an emphatic particle which gives the sentence a more vivid emotional tone.
▼
鹿や猪や兎や亀や鼬や狸や狐が押合いへしあいして赤い蝋燭を覗きました。すると猿が、
鹿《しか》や猪《しし》や兎《うさぎ》や亀《かめ》や鼬《いたち》や狸《たぬき》や狐《きつね》が押合《おしあ》いへしあいして赤《あか》い蝋燭《ろうそく》を覗《のぞ》きました。すると猿《さる》が、
The deer, the boar, the rabbit, the turtle, the weasel, the raccoon dog, the fox and all the others were pushing and shoving each other to take a peek at the red candle. Then the monkey said:
- や: Shows that the animals mentioned here are only some of those who struggled to get a glimpse of the candle. The implication is that all the animals in the forest were involved in the commotion.
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「危い危い。そんなに近よってはいけない。爆発するから」といいました。
「危《あぶな》い危《あぶな》い。そんなに近《ちか》よってはいけない。爆発《ばくはつ》するから」といいました。
"Be careful, be careful! Don't get so close. It will explode!"
- 危い危い: The warning is repeated for emphasis.
- 押合いへしあいし = 押し合い圧し合いし. To jostle, to push and shove to get to something ahead of others. し is the pause (mid-sentence) form of する.
- 近よって: from the verb 近寄る.
- といいました: This part is translated as part of the previous sentence.
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みんなは驚いて後込しました。
みんなは驚《おどろ》いて後込《しりごみ》しました。
Everybody was startled and recoiled from the candle.
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そこで猿は花火というものが、どんなに大きな音をして飛出すか、そしてどんなに美しく空にひろがるか、みんなに話して聞かせました。
そこで猿《さる》は花火《はなび》というものが、どんなに大《おお》きな音《おと》をして飛出《とびだ》すか、そしてどんなに美《うつく》しく空《そら》にひろがるか、みんなに話《はな》して聞《き》かせました。
And then the monkey told everyone about firecrackers—what a loud sound they made as they flew up, and how beautifully they fanned out in the sky.
- 話して聞かせました: Literally "talked and let [them] hear". 聞かせる is a common, indirect way of saying "to tell" in Japanese.
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そんなに美しいものなら見たいものだとみんなは思いました。
そんなに美《うつく》しいものなら見《み》たいものだとみんなは思《おも》いました。
"If it's really that beautiful, I would love to see it"—this is what everyone thought.
- たいものだ: An emphatic, more intense form of たい.
▼
「それなら、今晩山の頂上に行ってあそこで打上げて見よう」と猿がいいました。みんなは大へん喜びました。
「それなら、今晩《こんばん》山《やま》の頂上《てっぺん》に行《い》ってあそこで打上《うちあ》げて見《み》よう」と猿《さる》がいいました。みんなは大《たい》へん喜《よろこ》びました。
"In that case, let's go tonight to the mountaintop and fire it off there for everyone to see", said the monkey. Everyone was extremely happy.
- 頂上: The normal reading of the characters is ちょうじょう. The meaning here is the same, but てっぺん is a colloquial word while ちょうじょう is a written word. The reading てっぺん is indicated in the original story.
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夜の空に星をふりまくようにぱあっとひろがる花火を眼に浮べてみんなはうっとりしました。
夜《よる》の空《そら》に星《ほし》をふりまくようにぱあっとひろがる花火《はなび》を眼《め》に浮《うか》べてみんなはうっとりしました。
Everyone was entranced, seeing in their imagination the firecracker fanning out in a bright flash, like stars sprinkled across the night sky.
- ぱあっと: Onomatopoeia for sudden, bright flash.
- 眼に浮べて: Literally "floating [something] in the eyes", i.e., visualizing something in one's imagination.
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さて夜になりました。みんなは胸をおどらせて山の頂上にやって行きました。
さて夜《よる》になりました。みんなは胸《むね》をおどらせて山《やま》の頂上《てっぺん》にやって行《い》きました。
And then night came. Everyone, with their hearts leaping in their chests, proceeded to the mountaintop.
- 胸をおどらせて: From the causative of 胸が躍る (the heart leaps with excitement). Causatives are used in many expressions that refer to bodily phenomena, even when these phenomena are uncontrollable and involve no deliberate action.
- やって行きました: From やって行く, a single-word verb employed in the meaning of "to proceed [to a place]" (as the “outbound” counterpart of やって来る, "to come along", "to appear [in a place]".
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猿はもう赤い蝋燭を木の枝にくくりつけてみんなの来るのを待っていました。
猿《さる》はもう赤《あか》い蝋燭《ろうそく》を木《き》の枝《えだ》にくくりつけてみんなの来《く》るのを待《ま》っていました。
The monkey had already tied the red candle to a tree branch and was waiting for everyone to come.
- くくりつけて: from the verb 括り付ける.
- の: In the function of が, marking the subject of the nominalized sentence that ends with 来るのを.
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いよいよこれから花火を打上げることになりました。
いよいよこれから花火《はなび》を打上《うちあ》げることになりました。
The time to launch the firecracker came at last.
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しかし困ったことが出来ました。
しかし困《こま》ったことが出来《でき》ました。
But there was a problem.
▼
と申しますのは、誰も花火に火をつけようとしなかったからです。
と申《もう》しますのは、誰《だれ》も花火《はなび》に火《ひ》をつけようとしなかったからです。
The problem was that nobody would light the firecracker's fuse.
- と申しますのは: Formal version of というのは, an element used to explain the reason, meaning, background etc. of an earlier statement.
- 火をつけようとしなかった: Negation of the initiative construction [verb]+ようとする. Nobody would initiate the action of lighting the fuse.
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みんな花火を見ることは好きでしたが火をつけにいくことは、好きでなかったのであります。
みんな花火《はなび》を見《み》ることは好《す》きでしたが火《ひ》をつけにいくことは、好《す》きでなかったのであります。
Everyone liked the idea of seeing the firecracker explode in the air, but not the task of going to light the fuse.
▼
これでは花火はあがりません。
これでは花火《はなび》はあがりません。
That way the firecracker was not going to take off.
▼
そこでくじをひいて、火をつけに行くものを決めることになりました。
そこでくじをひいて、火《ひ》をつけに行《い》くものを決《き》めることになりました。
Therefore it was decided to draw lots and choose the one who would go and light the fuse.
- くじ: Lot, lottery. The same word is used in 宝くじ《たからくじ》, the Japanese public lottery.
- もの: Used as a vague noun meaning “someone”, “a person”, in this case one of the animals.
▼
第一にあたったものは亀でありました。
第一《だいいち》にあたったものは亀《かめ》でありました。
The first one to lose the draw was the turtle.
- あたった: From the verb 当たる, to win (or in this case, lose) a draw.
▼
亀は元気を出して花火の方へやって行きました。
亀《かめ》は元気《げんき》を出《だ》して花火《はなび》の方《ほう》へやって行《い》きました。
The turtle braced himself and made his way toward the firecracker.
▼
だがうまく火をつけることが出来たでしょうか。
だがうまく火《ひ》をつけることが出来《でき》たでしょうか。
But was he indeed able to successfully light the fuse?
▼
いえ、いえ。亀は花火のそばまで来ると首が自然に引込んでしまって出て来なかったのでありました。
いえ、いえ。亀《かめ》は花火《はなび》のそばまで来《く》ると首《くび》が自然《しぜん》に引込《ひっこ》んでしまって出《で》て来《こ》なかったのでありました。
No, no. When the turtle came near the firecracker, his head pulled itself automatically back into the shell, and would not come back out again.
▼
そこでくじがまたひかれて、こんどは鼬が行くことになりました。
そこでくじがまたひかれて、こんどは鼬《いたち》が行《い》くことになりました。
Thereupon lots were drawn again, and this time it was the weasel's turn to go.
▼
鼬は亀よりは幾分ましでした。
鼬《いたち》は亀《かめ》よりは幾分《いくぶん》ましでした。
The weasel, compared to the turtle, was somewhat more apt for the job.
- まし = 増し. An adjective meaning "Less objectionable". Suggests that all the available options were not ideal and indicates the one that was closest to being passable.
▼
というのは首を引込めてしまわなかったからであります。
というのは首《くび》を引込《ひっこ》めてしまわなかったからであります。
That was because he did not end up pulling his head back.
- 引込めてしまわなかった: The negative of 引込めてしまった. Here しまうmarks an unfortunate action (pulling the head in), and by negating it the writer expresses relief that this time the unfortunate action did not eventually take place.
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しかし鼬はひどい近眼でありました。
しかし鼬《いたち》はひどい近眼《きんがん》でありました。
However, the weasel was awfully nearsighted.
▼
だから蝋燭のまわりをきょろきょろとうろついているばかりでありました。
だから蝋燭《ろうそく》のまわりをきょろきょろとうろついているばかりでありました。
So all he did was loiter around the candle and glance about restlessly.
▼
遂々猪が飛出しました。
遂々《とうとう》猪《しし》が飛出《とびだ》しました。
At long last, the boar dashed forward.
- 遂々: The normal kanji spelling of とうとう is 到頭. Here the writer uses the kanji associated with ついに, a synonymous word.
▼
猪は全く勇しい獣でした。
猪《しし》は全《まった》く勇《いさま》しい獣《けだもの》でした。
The boar was a truly courageous beast.
▼
猪はほんとうにやっていって火をつけてしまいました。
猪《しし》はほんとうにやっていって火《ひ》をつけてしまいました。
The boar actually went all the way and lit the fuse.
▼
みんなはびっくりして草むらに飛込み耳を固くふさぎました。
みんなはびっくりして草《くさ》むらに飛込《とびこ》み耳《みみ》を固《かた》くふさぎました。
Everyone was amazed. All the animals leaped into the grass and firmly covered their ears.
- 草むら: Thick grass or weeds. The full kanji spelling of this word is 草叢 or just 叢.
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耳ばかりでなく眼もふさいでしまいました。
耳《みみ》ばかりでなく眼《め》もふさいでしまいました。
And not only the ears: they ended up covering their eyes too.
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しかし蝋燭はぽんともいわずに静かに燃えているばかりでした。
しかし蝋燭《ろうそく》はぽんともいわずに静《しず》かに燃《も》えているばかりでした。
But the candle was only burning quietly, without so much as making a pop.
- ぽんと: Onomatopoeia for the sound of popping.
- いわずに = 言わずに: the written/formal form of 言わないで. The candle is described as though it were human who "says" the sound.
> Original non-annotated text
赤い蝋燭
新美南吉
山から里の方へ遊びにいった猿が一本の赤い蝋燭を拾いました。赤い蝋燭は沢山あるものではありません。それで猿は赤い蝋燭を花火だと思い込んでしまいました。
猿は拾った赤い蝋燭を大事に山へ持って帰りました。
山では大へんな騒になりました。何しろ花火などというものは、鹿にしても猪にしても兎にしても、亀にしても、鼬にしても、狸にしても、狐にしても、まだ一度も見たことがありません。その花火を猿が拾って来たというのであります。
「ほう、すばらしい」
「これは、すてきなものだ」
鹿や猪や兎や亀や鼬や狸や狐が押合いへしあいして赤い蝋燭を覗きました。すると猿が、
「危い危い。そんなに近よってはいけない。爆発するから」といいました。
みんなは驚いて後込しました。
そこで猿は花火というものが、どんなに大きな音をして飛出すか、そしてどんなに美しく空にひろがるか、みんなに話して聞かせました。そんなに美しいものなら見たいものだとみんなは思いました。
「それなら、今晩山の頂上に行ってあそこで打上げて見よう」と猿がいいました。みんなは大へん喜びました。夜の空に星をふりまくようにぱあっとひろがる花火を眼に浮べてみんなはうっとりしました。
さて夜になりました。みんなは胸をおどらせて山の頂上にやって行きました。猿はもう赤い蝋燭を木の枝にくくりつけてみんなの来るのを待っていました。
いよいよこれから花火を打上げることになりました。しかし困ったことが出来ました。と申しますのは、誰も花火に火をつけようとしなかったからです。みんな花火を見ることは好きでしたが火をつけにいくことは、好きでなかったのであります。
これでは花火はあがりません。そこでくじをひいて、火をつけに行くものを決めることになりました。第一にあたったものは亀でありました。
亀は元気を出して花火の方へやって行きました。だがうまく火をつけることが出来たでしょうか。いえ、いえ。亀は花火のそばまで来ると首が自然に引込んでしまって出て来なかったのでありました。
そこでくじがまたひかれて、こんどは鼬が行くことになりました。鼬は亀よりは幾分ましでした。というのは首を引込めてしまわなかったからであります。しかし鼬はひどい近眼でありました。だから蝋燭のまわりをきょろきょろとうろついているばかりでありました。
遂々猪が飛出しました。猪は全く勇しい獣でした。猪はほんとうにやっていって火をつけてしまいました。
みんなはびっくりして草むらに飛込み耳を固くふさぎました。耳ばかりでなく眼もふさいでしまいました。
しかし蝋燭はぽんともいわずに静かに燃えているばかりでした。
赤い蝋燭
新美南吉
山から里の方へ遊びにいった猿が一本の赤い蝋燭を拾いました。赤い蝋燭は沢山あるものではありません。それで猿は赤い蝋燭を花火だと思い込んでしまいました。
猿は拾った赤い蝋燭を大事に山へ持って帰りました。
山では大へんな騒になりました。何しろ花火などというものは、鹿にしても猪にしても兎にしても、亀にしても、鼬にしても、狸にしても、狐にしても、まだ一度も見たことがありません。その花火を猿が拾って来たというのであります。
「ほう、すばらしい」
「これは、すてきなものだ」
鹿や猪や兎や亀や鼬や狸や狐が押合いへしあいして赤い蝋燭を覗きました。すると猿が、
「危い危い。そんなに近よってはいけない。爆発するから」といいました。
みんなは驚いて後込しました。
そこで猿は花火というものが、どんなに大きな音をして飛出すか、そしてどんなに美しく空にひろがるか、みんなに話して聞かせました。そんなに美しいものなら見たいものだとみんなは思いました。
「それなら、今晩山の頂上に行ってあそこで打上げて見よう」と猿がいいました。みんなは大へん喜びました。夜の空に星をふりまくようにぱあっとひろがる花火を眼に浮べてみんなはうっとりしました。
さて夜になりました。みんなは胸をおどらせて山の頂上にやって行きました。猿はもう赤い蝋燭を木の枝にくくりつけてみんなの来るのを待っていました。
いよいよこれから花火を打上げることになりました。しかし困ったことが出来ました。と申しますのは、誰も花火に火をつけようとしなかったからです。みんな花火を見ることは好きでしたが火をつけにいくことは、好きでなかったのであります。
これでは花火はあがりません。そこでくじをひいて、火をつけに行くものを決めることになりました。第一にあたったものは亀でありました。
亀は元気を出して花火の方へやって行きました。だがうまく火をつけることが出来たでしょうか。いえ、いえ。亀は花火のそばまで来ると首が自然に引込んでしまって出て来なかったのでありました。
そこでくじがまたひかれて、こんどは鼬が行くことになりました。鼬は亀よりは幾分ましでした。というのは首を引込めてしまわなかったからであります。しかし鼬はひどい近眼でありました。だから蝋燭のまわりをきょろきょろとうろついているばかりでありました。
遂々猪が飛出しました。猪は全く勇しい獣でした。猪はほんとうにやっていって火をつけてしまいました。
みんなはびっくりして草むらに飛込み耳を固くふさぎました。耳ばかりでなく眼もふさいでしまいました。
しかし蝋燭はぽんともいわずに静かに燃えているばかりでした。